野澤班 性染色体の獲得と性的拮抗の関係を議論した論文のプレプリントをbioRxivに公開しました。

 Y(やW)染色体の退化という潜在的不利があるにもかかわらず、性染色体を持つ生物が多様化し得た要因(すなわち性染色体を獲得するメリット)の一つとして「性的拮抗の軽減」が挙げられてきました。性的拮抗とは、雌雄で最適な表現型が一致せず最適な表現型をめぐって雌雄が対立している状態を意味し、性的対立ともよばれています。雌雄は基本的にゲノムを共有しているため、性的拮抗に陥ると、雌雄はどちらも最適な表現型を実現することができず、表現型はどっちつかずの中間的なものとなります。したがって、性的拮抗が蓄積すると多くの表現型が雌雄どちらにとっても非適応的な形質となり、種の存続危機にもなり得ると考えられています。そんななかで、性染色体はゲノムで唯一雌雄に異なる選択圧がかかり得る領域(X染色体はその3分の2がメスを通じて遺伝し、Y染色体はオスのみを通じて遺伝する)であるため、性的拮抗を軽減するのに有効であると考えられてきました。

 もし上記の考えが正しければ、性染色体を持つ生物は性染色体を持たない生物に比べて性的拮抗が小さいはずです。しかし、そもそも性的拮抗を測定して種間比較することは非常に困難です。また、性染色体の起源は通常古いため、仮に性染色体を持つ生物の性的拮抗が性染色体を持たない生物のそれより小さかったとしても、性染色体以外のゲノム領域や環境要因による影響を排除できません。つまり上記仮説を直接検証するのは非常に難しいと考えられます。

 そこで今回、野澤班のミノヴィッチあに香大学院生(当時)と野澤は、性的拮抗を測定する代わりに「性バイアス遺伝子」を指標として研究を行いました。性バイアス遺伝子とは片方の性に偏った発現を示す遺伝子のことで、性的拮抗を軽減するメカニズムのひとつとして知られています。また、ネオ性染色体とよばれる起源の新しい性染色体を持つ3種のショウジョウバエとそれを持たないそれぞれの近縁種を比較することで、性染色体の獲得が性的拮抗を軽減する要因となり得るかを検証しました。

 その結果、ネオ性染色体を持つ3種のショウジョウバエはいずれもネオ性染色体を獲得した後に、特に幼虫においてネオ性染色体上の多くの遺伝子が性バイアス遺伝子になる傾向があることを発見しました。一般に、幼虫では成虫に比べて性的拮抗が小さいと考えられているため、この結果は一見すると意外に思えます。しかし、ショウジョウバエを含む多くの昆虫では成虫の体サイズが雌雄で異なることが知られており、ショウジョウバエではメスは大きいほど、オスは小さいほど適応度が高いという報告があります。つまり、ショウジョウバエの体サイズは性的拮抗状態にあると考えられます。昆虫は外骨格を持ち成虫になってからは体サイズはほとんど変化しないため、成虫の体サイズは幼虫の大きさで決まると考えられます。したがって、幼虫の体サイズも性的拮抗状態にあると考えられるのです。実際、幼虫で獲得した性バイアス遺伝子の多くは代謝(すなわち体サイズや成長速度)に関わる遺伝子であることが分かりました。ネオ性染色体を獲得した結果、幼虫で代謝に関わる多くの性バイアス遺伝子が進化し、体サイズに関わる性的拮抗が軽減したと考えられます。

 以上の結果は、性染色体の獲得により、一見すると性的二型(雌雄の表現型の違い)が少ないように見える組織や発生段階における性的拮抗が軽減し得ることを示唆しています。野澤班では現在直接性的拮抗を測定する手法の開発も進めており、本結論をさらに検証していく予定です。本研究により、性染色体サイクルの初期から中期における性染色体獲得のメリットの一端が解明できたものと考えています。

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