野澤班 ショウジョウバエのX染色体に生じる遺伝子量補償の即時性に関する論文のプレプリントをbioRxivに公開しました。

 常染色体から性染色体が生じると、Y染色体からは多くの遺伝子が失われます。したがって、X染色体上の遺伝子はオスで1コピー、メスで2コピーとなり、遺伝子量に不均衡が生じます。この不均衡を解消するメカニズムとして多くの生物に存在するのが遺伝子量補償であり、ショウジョウバエではオスのX染色体の転写活性が約2倍になることが知られています。しかし、Y染色体上の遺伝子が失われたときX染色体上の相同遺伝子がどのくらい迅速に発現上昇するかは不明でした。

 そこで今回、野澤班の小川雅文大学院生らは、理化学研究所の阿部知子博士、常泉和秀博士の協力のもと、ミランダショウジョウバエ(Drosophila miranda)が持つネオ性染色体とよばれる起源の新しい性染色体を用いて、Y染色体上の遺伝子が壊れた直後の状態を模倣する実験を行いました。まず、オスの成虫に重イオンビームを照射します。すると精子ゲノムの一部に欠失が生じます。このオスを野生型メスと交配させることで、F1オスのゲノムはネオY染色体の一部に欠失が生じる可能性があります。本研究では、F1オス6個体のゲノム配列を決定し、合計82個のネオY染色体遺伝子に欠失を生じさせることに成功しました。しかし、82個のネオY遺伝子のうちシングルコピー遺伝子はたった3個であり、残り79個はマルチコピー遺伝子でした。また、シングルコピー遺伝子に生じた欠失はいずれも非翻訳領域に生じており、発現量に影響していませんでした。以上の結果は、間接的ではあるものの、ミランダショウジョウバエのネオX染色体には即時遺伝子量補償は作用していないことを示唆しています。

 今後、照射量の検討や解析パイプラインの改善によって、本結論をさらに検証していく予定です。また、別のネオ性染色体を持つショウジョウバエを調べることで、性染色体が生じてからの時間と即時遺伝子量補償の程度の関連についても調べていく計画です。本研究により、性染色体サイクルの初期段階での生物の振る舞いの一端を解明できたものと考えています。

https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2023.04.10.536214v1